飲食店の労働時間はどう管理する?残業と36協定の基本
飲食店の残業管理で迷ったら|労働時間の数え方と36協定の線引き
【この記事で判断できること】
飲食店の残業トラブルは、ほぼ「時間の数え方」で起きます。原因は悪意ではありません。開店前の仕込み、閉店後の清掃、着替えの時間をどう扱うかが曖昧なまま走っているだけです。労働時間は1分単位で数えるのが原則。そして36協定を結んでいなければ、月1時間の残業も違法になります。まず数え方を決める。制度の話はその次です。
正直なところ、飲食店で「残業ゼロ」は現実的ではありません。予約が重なれば閉店は押しますし、仕込みが長引く日もある。問題は残業そのものではなく、それが記録されず、払われず、誰も把握していない状態です。放置すると、辞めた人からの未払い請求という形で、数年分まとめて返ってくることがあります。
この記事では、どこからが労働時間なのか、36協定で何が決まるのか、変形労働時間制を入れるとどう変わるのかを、現場でつまずきやすい順に整理します。読み終えたときに「自店の記録は足りているか」を自分で点検できる状態を目指します。
先に押さえる要点3つ
- 仕込み・清掃・朝礼・着替えの一部は労働時間に含まれる。店が指示していれば、タイムカードの外でも時間として数える
- 36協定を労働基準監督署へ届け出ていない店は、1時間の残業でも法律違反になる。上限は原則で月45時間・年360時間
- シフト制の飲食店は1か月単位の変形労働時間制が合うことが多い。ただし勤務表を事前に確定させる手間が増える
この記事の結論
最も重要なのは、労働時間の「始まりと終わり」を店のルールとして文字にすることです。ここが決まれば、記録も残業代も自動的に決まります。逆に曖昧なままだと、善意で早く来る人ほど損をして、不満が静かに溜まります。順番は、①数え方を決める、②36協定を出す、③シフトの組み方を選ぶ。この3つです。
タイムカードを押す前の30分は、誰の時間か
「早めに来るのが当たり前」になっている店で起きること
22時の閉店後、片付けを終えて店を出ると23時40分。タイムカードは23時で押してある。なぜなら「締めはサービスでやるもの」と、誰かが昔そう言ったから。翌朝は9時に来て、営業は11時から。この2時間は記録に残らない。本人は「好きでやっている」と言う。店長も忙しくて、そこまで見ていない。
この状態、実は店にとって一番危険です。本人が納得していても、法律上は労働時間として扱われます。退職時に記録を見返して請求されれば、店に反論する材料がありません。レジ記録、LINEのやり取り、シフト表、防犯カメラ。労働時間を推定する材料は、店の中にいくらでも残っています。
よくあるのが、店長だけが例外扱いされているケース。肩書きが店長でも、シフトを自分で決められず、採用の裁量もなく、給与も一般社員と大差ないなら、管理監督者とは認められにくい。名前だけの「名ばかり管理職」は、残業代の支払い対象になります。
数字で見る:1日15分の積み上げ
仮に時給1,200円のスタッフが、記録外で1日15分働くとします。月22日なら5.5時間。割増1.25倍で約8,250円。これが5人いれば月4万円強、年間で約50万円です。金額としては、新しい厨房機器1台に相当します。ケースによりますが、未払いは遡って請求できる期間が長く、人数分まとまると小さな金額では済みません。
逆に、記録すると決めて払った場合はどうか。同じ5.5時間を正しく払っても、月8,250円です。店にとっての負担は変わりません。違うのは、揉める余地が消えることと、スタッフが「ちゃんとしている店だ」と感じることだけ。費用は同じで、信頼だけが増える。ここに気づくと、記録は面倒ではなく安いと分かります。
よくある失敗:固定残業代に「全部込み」と思っている
「うちは手当に残業代が入っているから大丈夫」という説明を、現場で何度も聞きます。固定残業代(みなし残業手当)は制度としては使えます。ただし条件があります。基本給と手当が明確に分かれていること、その手当が何時間分なのかが示されていること、そして超えた分は追加で払うこと。この3つが揃っていなければ、手当は「ただの給与」とみなされます。
実は、求人票の書き方でつまずく店も多い。「月給28万円(残業代含む)」だけでは不十分です。「基本給24万円+固定残業手当4万円(25時間分)、超過分は別途支給」まで書く。入社後の「思っていたのと違う」を防ぐ意味でも、ここは分けて書いたほうが結果的に揉めません。
36協定と上限規制、飲食店が守る線
まず届け出があるかを確認する
36協定は、残業や休日労働をさせるために必要な労使協定です。従業員の過半数代表と結び、所轄の労働基準監督署へ届け出る。これがない店で残業させれば、時間の長短にかかわらず違反になります。有効期間は原則1年なので、毎年の更新が必要。ここを失念している店が、正直なところ少なくありません。
上限は原則で月45時間・年360時間。特別条項を付けた場合でも、年720時間、単月100時間未満、複数月平均80時間以内といった枠があります。繁忙期に偏る飲食店は、この「複数月平均」で引っかかりやすい。12月に偏らせた分を、1月に戻せるかどうかが分かれ目です。制度の詳細は厚生労働省が公開している36協定の解説資料に沿って確認するのが確実です。
シフト制なら変形労働時間制という選択
1か月単位の変形労働時間制を使うと、週40時間の枠を月単位で平均できます。週末は10時間、平日は6時間といった組み方が可能になり、土日に人を厚くしたい飲食店には合います。ただし条件が厳しめ。勤務期間の開始前に、各日の労働時間を確定させた勤務表を作って周知する必要があります。
ここが現場のハードルです。「前月25日までに翌月のシフトを出す」運用が定着していない店では、制度を入れても形だけになります。逆に、すでにシフトを前月に固めている店なら、導入の負担はほとんどありません。自店の運用がどちらかで、答えが変わる論点です。
休憩と休日の数え方も同時に直す
6時間を超える勤務には45分以上、8時間を超えるなら60分以上の休憩が必要です。しかも途中で、まとめて与えるのが原則。アイドルタイムに「いつでも休んでいいよ」と伝えるだけでは、電話番やレジ番を兼ねている時点で休憩になりません。手が離れる時間を作る。ここは店の設計の話です。
休日は週1日が最低線。採用面で効くのは、むしろ年間休日の数です。月8日休みなら年間96日前後。求職者は求人票のこの数字を必ず見ます。制度を整える作業は、そのまま採用の武器になります。
直すときに見る、4つの判断基準
①記録が1分単位で残っているか
まず打刻の丸め方を点検します。15分単位で切り捨てている店は、その時点で未払いが発生しています。繰り上げならまだしも、切り捨ては不可。紙のタイムカードでも、手書きの出勤簿でも構いません。1分単位で、本人が修正に関与できない形で残っているか。これが第一の基準です。
②指示と自主の線が引けているか
「早出は不要。やるなら打刻してから」と明文化できていれば、線が引けます。曖昧な店は、善意の早出が無限に増えて、しかも払われません。判断に迷うときは「店の業務として必要か」で考える。必要ならば打刻させて払う。不要ならやらせない。中間を残さないことが大事です。
③繁忙期の山を、年間で均せるか
12月の忙しさは飲食店の宿命です。だからこそ、1月・2月に休みを寄せる設計が効きます。特別条項の枠内に収まるかを、年間カレンダーで先に試算しておく。11月は、この試算をするのにちょうどよい時期です。
④比較した人が最後に確認していること
労務の仕組みを整えるとき、社労士に頼むか自力でやるかで迷う方が多いです。公平に言えば、どちらも成り立ちます。36協定の届け出だけなら自力で十分可能で、厚生労働省の様式と記載例が公開されています。一方、固定残業代の設計変更や就業規則の改定が絡むなら、専門家に入ってもらったほうが早い。顧問料は月2万円台から見かけます。
実際に相談した人が最後に確認していたのは、料金ではなく「飲食業の実務を分かっているか」でした。シフト制、深夜割増、アイドルタイム。業種特有の論点に即答できるかどうか。ここを2〜3社に同じ質問をして比べると、違いがはっきり出ます。1社で即決せず、比べてから決めることをおすすめします。
相談の前によく聞かれること
Q1. 36協定を出していません。すぐ罰則ですか?
A1. 届け出前の残業は違反状態です。まずは過半数代表を選び、協定を結んで届け出てください。様式は厚生労働省のサイトから入手でき、監督署の窓口でも相談に応じてもらえます。
Q2. 着替えの時間は労働時間ですか?
A2. 制服への着替えが店の指示で、店内で行うことが義務なら労働時間に含まれます。自宅から制服で来てよい運用なら含みません。どちらにするかを店で決め、文字にしておくことが先です。
Q3. 朝礼や締め作業は含まれますか?
A3. 含まれます。参加が事実上必須なら、本人の意思とは関係なく労働時間です。打刻の前後に業務を置かない。これだけで、ほとんどのグレーが消えます。
Q4. アイドルタイムの2時間は休憩にできますか?
A4. 完全に手が離れていれば休憩です。電話や来客の対応を任せていれば「手待ち時間」として労働時間になります。実質で判断されるため、名目だけ休憩にするのは危険です。
Q5. 固定残業代は何時間分まで設定できますか?
A5. 法律で上限時間の定めはありませんが、45時間を大きく超える設定は実態として問題になりやすい。25〜30時間分あたりで設計し、超過分は別途支給する形が無難です。
Q6. 店長に残業代は不要ですか?
A6. 肩書きだけでは不要になりません。労働時間の裁量、採用や人事への権限、待遇の優遇という実態が揃っているかで判断されます。多くの店長は支給対象です。
Q7. 変形労働時間制を入れると残業代は減りますか?
A7. 週をまたぐ偏りを吸収できるため、結果的に減るケースはあります。ただし勤務表を事前確定させる義務が生じます。シフトを前月に固められない店では効果が出にくいです。
Q8. 社労士に頼むと、いくらくらいかかりますか?
A8. 就業規則の作成・改定は10万円台から、顧問契約は月2万円台からの例を見かけます。飲食業の実務に慣れているかを2〜3社に同じ質問で確かめてから選んでください。
11月中にやっておきたいこと
飲食店の残業管理は、法律を暗記する作業ではありません。労働時間の始まりと終わりを店のルールとして決め、1分単位で記録し、36協定の届け出を済ませる。この3つが揃えば、ほとんどのリスクは閉じます。シフト制の偏りが大きい店は、1か月単位の変形労働時間制を足せば、12月の山も枠内に収まりやすくなります。
いま打刻を15分単位で丸めている店、店長が記録外で働いている店、36協定の更新を忘れている店は、12月の繁忙期に入る前に手を打つべきタイミングです。まずはタイムカードを1か月分だけ見返して、打刻の前後に業務が置かれていないかを確認してください。そこから、あなたの店の線引きが決まります。
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